バレンタインデー

チョコレートが飛び交うバレンタインデー。日本で1年間に消費されるチョコレートの2割が、この1日に集中しているのだそうです。ただ、女性が男性にチョコレートを送る習慣は、日本とごく一部の地域のみです。

アメリカやヨーロッパでは、男性も女性も関係なく、恋人や親しい人に様々な贈り物を贈ります。花やカード、ケーキなど種類も様々で、チョコレートを贈る習慣は、19世紀後半のイギリスで始まったと言われています。欧米では、男女関係なく、愛の告白としてプレゼントを贈るのが一般的です。そのため、3月14日に行われているホワイトデーの習慣も無く、日本やアジアの一部で行われている独特の習慣になっています。


では、バレンタインデーの歴史はどのように始まったのでしょうか。諸説ありますが、その中で最も有名なものをここでは紹介したいと思います。


バレンタインデーの歴史は、ローマ帝国の時代にさかのぼるとされています。当時のローマでは、2月14日は女神ユノの祝日で、ユノはすべての神の女王であり、家庭と結婚の神とされていました。その翌日の2月15日は、豊年を祈願するルペルカリア祭の始まる日でした。当時の若い男女は生活が別々で、祭りの前日、娘たちは紙に名前を書いた札を桶の中に入れていたそうです。翌日、ルペルカリア祭が始まると、男たちは桶から札を1枚ひき、ひいた男と札の名の娘は、祭りの間パートナーとして一緒にいることと定められていました。これを切っ掛けにして、多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、結婚したそうです。

しかし、ローマ帝国皇帝クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、戦士は独身でいる方が良いと言う概念から、若者達に結婚禁止の法令をだしました。キリスト教司祭だったウァレンティヌス(バレンタイン)が、結婚する事も恋人に会うことも禁止された戦士達に同情し、若い恋人達の擁護者となり、彼らを秘密に結婚させました。直ぐにそれは暴露し彼は牢獄に閉じ込められる事となります。

その後、皇帝クラウディウス2世は、ウァレンティヌス(バレンタイン)に、ローマの神々を信じるよう改宗を試みたのですが彼は拒絶し、それどころか、彼は皇帝クラウディウスをクリスチャンに改宗するよう試みた為に、皇帝が怒り、ユノの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日に、ルペルカリア祭に捧げる生贄という名の下に処刑されました。このためキリスト教徒にとっても、この日は祭日となり、恋人たちの日となったという事です。


異論や諸説があり、どれが正しいのかは今となっては分かりませんが、今日こうして恋人たちや愛する人たちの日として定着しているのは、紛れも無い事実です。



プレゼントを贈り、愛を改めて告白する素敵な1日です。愛する人を想う気持ちを、これからも大事にして、素敵な愛を育んでください。
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