真実はいつもひとつ!・・・なのか

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某有名な名探偵コ〇ンの名台詞「真実はいつもひとつ」と言う言葉がありますが、真実は1つとは必ずしも言い切れる事は実際少ないです。

名探偵コ〇ンが推理を通して実際に起きた事柄に対しての解釈や結論が真か否かという点では「真実はいつもひとつ」と言い切れるかも知れません。


正義の女神ユースティティア




よく真実と事実の使い分けがゴチャゴチャになってしまう事があったのですが、言葉の意味をよく知る上で有効な方法として対義語というものがあります。

対義語は字の如く意味が反対となる語や対照的な語の事で、対義語を知ると真実と事実の意味が見えてきます。

「真実」の対義語は「虚偽」

「事実」の対義語は「空想」

つまり「真実」とは主観的な解釈を適度に含み解釈次第で異なる複数の認識に分かれるものであり、「事実」とは客観的に起こった事柄に対して物理的に解釈できるものであるため、本来であれば「真実はいつも複数」であり「事実はいつもひとつ」なのだと思います。



では「真実はいつもひとつ」は間違いなのかと言えばそうでも無い所がややこしい所です。

「事実」は物理的な事柄として表面に現れているものですが、「真実」は表面に現れていない事が多く、表面のそのまた奥に本質として隠れている事も多いからです。

それを見抜く過程において具体的な事柄を解釈によって抽象的に捉えなければならず、その過程において視点や目的によってどうしても違いが生じてしまうのはごくごく自然な事です。

それを事件の解決という目的で推理し、多くの人が現実的に納得のいく結論を導き出せるなら「真実はいつもひとつ」と言えるでしょう。



つまり「真実」とは真か否かを問う主体的で抽象的な真偽論であり、「事実」とは現実か空想かを問う客観的で具体的な有無論という事になります。

もっと簡単に言ってしまえば「真実」は人の数だけ「事実」はひとつだけ存在すると言えるのでしょうけど、観点やファクターが違うような気がして未だに自分の中ではモヤモヤしています。



真実とは事実から生み出されるものであり事実から真実の探求が始まる。

情報化社会となり真実が多くなり過ぎて逆に真実が伝わり難い世の中になっているように思っていて、多くの真実から真の真実を見抜ける力を身に付けなければなと常に思っている毎日です。

ふとした事から似て非なる2つの言葉の意味を改めて考えて頭が痛くなった。

まだまだ自分は学びが足りないようです。

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